誰にも言えない孤独を抱えていた私が“話す場”にたどり着いたまで
誰にも言えない孤独を抱えていた頃の私
仕事を辞めたあと、誰とも会話しない日々が続いた
高田誠さん(仮名・66歳)は、5年前に定年退職を迎えた元会社員。
長年、製造系の現場を支える立場で働き、責任もやりがいもある毎日を送ってきました。
「仕事一筋で生きてきたから、辞めた瞬間に全部止まってしまった気がしたんです」と、高田さんは静かに語ります。
退職後の最初の1年は、体を休める時間と割り切っていたそうですが──
「だんだん、朝から晩まで人と一言も話さない日が増えてきて。今日は誰とも会わなかったな、って気づいたとき、なんとも言えない焦りというか、怖さがありました」
テレビやネットは情報をくれても、「会話」は返ってきません。
人と話すことが当たり前だった日々を離れたとき、高田さんは初めて“誰とも話さない生活”の重さを痛感したといいます。
家族にも弱音が吐けず、気づけば「話すこと」が怖くなっていた
「うちは奥さんも娘もいるんですが、なんとなく“しっかりしてなきゃいけない”って思っちゃうんですよね」
そう話す高田さんは、家族にこそ本音を言えなかったと言います。
家にいても、会話は最低限。
「自分が退職したことを、周囲も“仕方ない”と思ってるんだろうなって。でも、自分の中では“役割を失った人間”って感じがあって……誰にも弱音を吐けなかったんです」
次第に、“話すこと”自体が怖くなっていきました。
「こんなこと言っても理解されないんじゃないか」「愚痴っぽくなるだけじゃないか」──
そう考えるようになり、会話を避けるクセがついてしまったと語ります。
「今思えば、自分が自分に“話すな”って言ってたんでしょうね。人と話せないというより、自分の声を押し殺していたんだと思います」
静かに語るその言葉には、「話す」という行為に対する恐れと、同時に、心のどこかに残っていた“誰かとつながりたい”という小さな希望が滲んでいました。
“話すことの価値”に気づいた小さなきっかけ
ある投稿へのコメントが、最初の一歩になった
「たしか、“庭の草花が今年は早く咲いた”って話だったと思います。なんてことない話だったのに、不思議と胸に残って──」
孤独な時間が長引く中、高田さんは何気なく始めたSNSを「見る専門」として使っていました。自分から発信することはなく、ただ他人の投稿を眺めるだけの日々。
そんなある日、園芸に関する投稿に、ほんの一言だけコメントをしたのが始まりでした。
「“うちの近所でも咲き始めました”って、それだけ。でも、返事が来たんですよ。“春が早く来ましたね”って」
それだけのやりとり。だけど、高田さんにとっては、数ヶ月ぶりの“自分の言葉に誰かが反応してくれた”瞬間でした。
「話すって、こういうことだったな…と思いましたね。相手は知らない人だけど、ちゃんと“返してくれた”というのが嬉しかったんです」
たった一言のやりとりでも、人との関わりは成立する。
その体験が、次の一歩につながっていったと言います。
「話すために完璧じゃなくていい」と思えた瞬間
「長いこと“話す”って、何か意味のあることを言わなきゃいけないと思ってたんです。でも違った。くだらない話でも、ちょっとした感想でも、それでいいんだなって」
高田さんは、少しずつ自分でも投稿するようになりました。
最初は短い一文や写真にひと言添える程度。でも、その一言に“いいですね”や“分かります”という反応がつくことで、安心感が芽生えていきました。
「SNSって、見栄を張るところだと思ってたけど、意外と“自分のままでいい”って感じられる場所もあるんだなと」
完璧な言葉じゃなくていい。
誰かを笑わせる必要も、正しいことを言う必要もない。
“ただ自分の気持ちを外に出すだけで、世界とつながれる”──それが、高田さんが得た最大の気づきでした。
「話すことって、練習しないと忘れちゃう。でも、一度思い出せたら、少しずつ戻ってくるんですよね。そのきっかけが、ほんのひとつのやりとりだったんです」
高田さんの声には、かつて感じていた“話すことへの怖さ”が、少しずつほどけていった様子がにじんでいました。
ゆるやかな会話が“孤独”をほぐしてくれた
話題は他愛のないこと。でも心は確かに動いた
「話していたのは、天気のこととか、スーパーで買った野菜が安かったとか、そんな話ばかりなんです。でも、それが良かった」
高田さんは、SNSでのやりとりを通じて、少しずつ“会話の感覚”を取り戻していったといいます。
きっかけになったのは、日々のちょっとした投稿に、誰かが短く反応をくれる──そんな、他愛のない往復の言葉。
「それまでは“話すなら何か価値のあることを”って無意識に思ってたけど、そうじゃなかった。
ただ“今日これが美味しかった”とか、“うちも同じだったよ”って返ってくるだけで、十分心が動くんです」
その言葉に、特別な意味があるわけではない。
でも、“誰かとつながっている”という実感が、心の中の冷え切った部分を少しずつ溶かしてくれたのだそうです。
共感でもアドバイスでもなく、“聞いてもらえた”ことが嬉しかった
「別に、励ましてもらいたかったわけじゃないんです。何か言ってもらわなくても、“見てくれてる”“返してくれる”っていうのが、ただ嬉しかった」
高田さんがそう話すように、多くの人が「誰かに理解されたい」と思う一方で、実は“共感”や“助言”よりも、“ただ話せる相手”を求めていることがあります。
「SNSで会話してる人たちも、そんなに深いことは言わない。でも、名前を呼んで返してくれたり、何日か空いても“おかえり”って返ってくるだけで、自分の居場所みたいなものを感じました」
孤独のなかで最もつらいのは、“誰にも気づかれない”こと。
高田さんにとって、やりとりの中で感じた「自分は見えている」「受け入れられている」という感覚は、何よりも心を支えてくれたといいます。
「最初は誰とも話せなかった自分が、今は“話すのって悪くないな”と思えるようになった。
そのきっかけは、大きなことじゃなくて、“返してくれる誰か”がいてくれたことなんです」
【図解】「孤独を感じたとき、最初にできたこと」アンケートより
中高年層に向けたインタビューや声から浮かび上がった共通点を、アンケート形式で可視化したのが以下の3つの図です。
「孤独を感じたとき、最初にどんな行動を取ったか」「会話がもたらした変化」「SNSを通じて感じた効果」について、読者自身の気持ちと照らし合わせながらご覧ください。
図1:孤独を感じたときに取った行動TOP5

「孤独を感じたときに最初に取った行動は何でしたか?」という質問に対する回答を集計した結果、最も多かったのは「とりあえずスマホを見る」でした。
テレビやラジオよりも、手軽に情報を得られるスマホは、多くの中高年にとって「孤独を忘れるための時間つぶし」として活用されていることがうかがえます。
次いで多かったのは、「SNSや掲示板を“見るだけ”で使ってみた」という声。
投稿や発信をせずとも、「誰かが日常を共有している様子」を眺めることで、“一人じゃない感覚”が少しだけ得られたという回答が多く見られました。
「話しかけたいと思っても言葉が出なかった」「家族に言えないまま我慢した」という声もあり、孤独を感じたとき、すぐに誰かに相談できる人ばかりではないという現実も浮き彫りになっています。
図2:「話すことで気持ちが変化した」と感じた割合

「誰かに話すことで気持ちが変化しましたか?」という質問では、約8割が「はい」と回答しました。
変化の内容としては、「気持ちが軽くなった」「安心感が得られた」「孤独感が和らいだ」などが挙げられています。
注目すべきは、「話した内容」よりも「話すという行為」そのものが影響していたという点です。
特別な助言や共感を求めていたのではなく、「自分の気持ちを外に出せた」「誰かが聞いてくれた」という体験が、心の中にポジティブな変化をもたらしたという声が多数を占めました。
反対に、「話したけれど逆に疲れた」「うまく伝わらなかった」という意見も一部ありましたが、それらの多くは「相手の反応に敏感になりすぎた」といった不安から来るもので、安心できる相手や場の存在が重要であることも読み取れます。
図3:SNS・チャットサービスで得られた効果
比較項目 | SNS・チャットサービスの特徴 | マッチングアプリとの違い |
---|---|---|
会話のハードル | 顔を出さずに話せるため、緊張せずに始めやすい | 写真やプロフィールが重視され、構えてしまう |
やりとりのペース | 自分のタイミングで返信できる、急かされない | 相手との関係構築にスピードが求められることも |
会話の雰囲気 | 雑談や軽い話題から自然に始められる | 恋愛前提で話が進むため、内容に気を遣いがち |
気持ちの共有 | 文章だからこそ本音を伝えやすい、リアルでは言いにくい話も可能 | 会話の目的が限定的で、本音を出しにくい |
精神的な安心感 | 「見守られている」感覚があり、心がふっと軽くなる | 「選ばれる・評価される」前提で緊張しやすい |
中高年との相性 | 世代の近い利用者も多く、趣味や生活感覚でつながれる | 若年層中心の印象が強く、年齢で気後れしやすい |
継続のしやすさ | 無理なく日々の一部としてやりとりが続く | 話が続かないと関係が終わりやすい |
SNSやチャットサービスを使って「誰かとやりとりをした経験がある」と回答した方のうち、多くが「気軽に話せた」「自分のペースで関われた」といった安心感を得ていたことがわかりました。
具体的な効果として多かったのは、以下のような内容です:
- 「顔を出さなくても話せるから緊張しない」
- 「言葉を選びながら話せるので落ち着いてやりとりできた」
- 「何気ない会話が日々の活力になった」
- 「リアルでは言えないことも“文字”なら伝えられた」
一方、マッチングアプリと比較した際に、「恋愛目的でない」「返信を急がされない」「一言でもつながれる」という特徴を安心要素として挙げた方が多く、特に中高年層には「SNS=つながりの準備運動」という位置づけがしっくりくるようです。
孤独を和らげる“話す場”は、身近なところにある
会うことを前提にしないから、構えず始められる
「話したいけれど、誰に話せばいいかわからない」
「会う約束に進んだら負担になりそう」──そう思って、言葉を飲み込んでしまう方は少なくありません。
でも、話すこと=出会うことではない時代になっています。
最近では、「会う前に話す」「話すだけでもOK」というスタイルのSNSやチャットサービスが増えており、
中高年でも気軽に始められる“オンラインの話し相手”を見つけやすくなっています。
「会う予定がない」からこそ、会話のプレッシャーもありません。
名前も顔もわからない相手だからこそ、むしろ本音を話せる場になることもあります。
「誰かと会うのはまだ勇気がいる」「でも、誰かと話したい」
──そんなときにこそ、“話す場”だけを持つという選択肢が、無理のない第一歩になるのです。
誰かの言葉に「うん」と返すだけでも気持ちは変わる
“話すこと”というと、「何かしっかりした話をしなきゃ」と思いがちです。
でも、実際にはもっと軽やかなものでもいいのです。
たとえば、誰かの投稿に「うん」「それ、分かります」と返すだけでも、そこには立派な言葉の往復があります。
文章でのやりとりは、話すスピードに追いつく必要もなく、考えながら伝えられる安心感があります。
そして何より、「返してもらえた」という経験が、心に小さな“動き”を与えてくれるのです。
「ちゃんと話さなきゃ」「気の利いたことを言わなきゃ」と思わなくていい。
むしろ、“何でもない言葉”が孤独をほぐすことのほうが多いのです。
誰かの言葉を読んで、思ったことをひとこと返す。
それだけで、自分が“つながっている”という感覚を取り戻すことができます。
中高年が“ことば”でつながれるサービスの選び方
「恋愛前提」ではないSNSやチャットから始める安心
中高年世代が「誰かと話したい」と思ったとき、まず不安に感じやすいのが「恋愛目的と思われるのでは」という点です。
実際、マッチングアプリの多くは“恋愛や再婚”が前提で、軽い会話のつもりでも、誤解やプレッシャーにつながることもあります。
そんなときにおすすめなのが、恋愛を前提としないSNSやチャットサービスです。
たとえば、「趣味」「世代」「地域」などをテーマにした掲示板やグループ型SNSでは、「気軽なつながり」や「日常の雑談」から始めることができます。
恋愛を期待されることもなく、誰かの投稿に共感することが最初の一歩になるため、“話すこと自体が目的”になれるのが特徴です。
「まずは会話だけでいい」「人と話す感覚を取り戻したい」──
そんな方には、恋愛前提ではないサービスを選ぶことで、安心してスタートを切ることができます。
匿名・年齢非公開など「守られている」と感じる要素に注目
SNSやチャットサービスを選ぶときに、意外と重要なのが**“情報の公開範囲”**です。
中高年になると、「年齢を出すのが恥ずかしい」「本名を知られたくない」「家族にバレたくない」など、さまざまな抵抗感を抱える方が少なくありません。
だからこそ、匿名で使えることや、年齢やプロフィールの入力が任意であることは、安心して使い始めるための大切な条件になります。
さらに、他人からの「いいね」や「マッチング申請」などのやりとりがなく、一方通行の投稿や日記形式で使えるタイプのSNSも、プレッシャーが少ない点で人気があります。
「名前も顔も知らない相手と、ちょっとした言葉を交わせる」
それくらいの距離感だからこそ、心がほっとできる場所になりやすいのです。
最初は“見るだけ”“返すだけ”でも大丈夫
「登録したけど、何を書いたらいいかわからない」
「いきなり話しかけるのは緊張する」──そんな声もよく聞かれます。
でも、最初から“話そう”“投稿しよう”と無理をする必要はありません。
むしろ多くの人が、まずは“見るだけ”で始めています。
誰かの日常に触れるだけでも、自分の気持ちに変化が生まれることがあります。
そして、気が向いたときに「いいですね」「分かります」と一言だけ返してみる──その小さなやりとりこそが、心を動かす大きなきっかけになります。
SNSは、必ずしも“表現する場”ではなく、“寄り添う場”として使ってもいいのです。
見るだけ・読むだけ・返すだけ──
その積み重ねが、自分らしい関係性を自然に育ててくれます。
まとめ|「話していい」「話したい」が、次を変えていく
話せる場を見つけることは、自分を取り戻すこと
孤独を感じる時間が長く続くと、やがて「話すこと」自体が怖くなってしまうことがあります。
誰かに拒まれるのではないか、うまく伝えられないのではないか──そんな不安が、心の声を静かに押し殺していくのです。
でも、“話してもいい場所”があると知ること、そして実際に“話せる場”に出会えたとき、私たちは少しずつ本来の自分を思い出していきます。
完璧な会話じゃなくていい。
気の利いたことを言えなくてもいい。
ただ「声を出す」ように、自分の気持ちを言葉にするだけで、人はまた、自分を大切にできるようになるのです。
“話せる”という経験は、**「こんな自分でもいい」**と心から思える第一歩。
それは、他人とつながるだけではなく、自分自身ともう一度つながり直すことでもあります。
誰かとつながることで、孤独が“ひとりじゃない時間”になる
孤独を完全に消し去ることは、難しいかもしれません。
でも、ほんの短いやりとりでも、「誰かと気持ちが通った」と感じられるだけで、孤独の輪郭は少しやわらぎます。
ひとことコメントを返してくれた誰か。
何気ない投稿に共感してくれた誰か。
それらのつながりは、目に見えないけれど、確かに“ひとりではない時間”を生み出してくれます。
年齢や立場に関係なく、誰もが「話したいと思ったときに話せる場所」を持つ権利があります。
それは決して、特別な人だけに許されたものではありません。
「話してもいい」
「話したいと思える」
そう感じられる場所に出会えたとき、きっと、あなたの毎日は少しずつ変わっていくはずです。
どんなに小さくても構いません。
その一歩が、これからのあなたを支えてくれる“つながり”へと、つながっていくのです。